カメオについて

人の手でカットされ、磨かれて美しく輝くのが「宝石」の条件のひとつなら、カメオも原材料は貝であったり珊瑚やストーンであったりとそれぞれに違えど、彫師の芸術性を兼ね備えて完成する宝石のひとつです。

・カメオの歴史

カメオは、素材そのもののことではなく、素材の表面にデザインが高低をつけて彫られたものを言います。では、私たちが思う、色違いの層を利用した彫り物はいつ頃からカメオといわれるようになったのかは通説では、紀元前3-2世紀のエジプトのアレキサンドリアと言われています。当初は貝ではなく、インドやアラビア半島から入ってきたの色の違う積層をもつサードニックス(メノー)を掘って装身具にしたと記録に残っています。ローマ時代 ユリウス・カエサル(シーザー)は、カメオの愛好家として有名で膨大なコレクションを集めたことも記録にあります。その後、多くの貴族たちの愛玩物となり、フランス皇帝ナポレオンは、イタリア征服戦争後に多くの技術者をフランスへ連れ帰り宝石彫刻の学校を設立したほどのカメオの愛好家でした。

・では、いつからシェル・カメオが登場したのでしょう

1830年代に入って、安価に手に入る貝殻に、パリに住むイタリア人の技術者の手で本格的なカメオの彫が始まりました。技術者は英国にも移り住み多くの作品を残しており、今でのアンティークジュエリーで手に取りことが出来ます。

貝殻の上下の色違いを利用したカメオを掘ったもの自体は、お土産として16世紀ころからイタリアであったものが1850年ころから中産階級の登場で流行しはじめ、1880年代には一大ブームが起こりました。そのため、サードニックス(メノー)の供給が間に合わなくなり、代用品として貝の需要が容易なイタリアのトール・デル・グレコがシャルカメオの中心地となっていきました。さらに同地は、珊瑚彫刻の技術があったからこそ、世界的な製造地となっています。

 弊店では

古くから珊瑚・シェルカメオの製造販売をしているアントニーノ・デル・ガット社の先代3代目エルネストから取引をしております。珊瑚芸術家として有名だったカルロ・パルラティの作品化に力を入れたのが同社で、若い世代のアルティスト達の育成に力を注いらっしゃいました。そのため、弊店は今では一流アルティストになった芸術家の若いころの作品があり、また、同社よりの作家証明書もございます。

 他社製のカメオの枠や金具の修理もご相談ください。

 

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